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2017年3月30日 (木)

第2幕/愛があれば…

 俺にとって彼女はできすぎた恋人だった。一緒に街を歩けばたいていの男は振り返るほど彼女は美しかった。
 彼女を連れていると誇らしい気分だったことは確かだ。そして思いやりも深く、細かなことまで気が利いた。
 逆に彼女はあまりにも普通な俺を本人が困惑するほど心から愛してくれていた。うぬぼれではない。俺は決してハンサムでもなければ金持ちのボンボンでもない──────。
  
  

 しかし俺のどこを気に入ってくれたのか、声をかけてきたのも、積極的にモーションをかけてきたのも全て彼女の方からだったのだ。

 はじめて夜の公園で彼女を抱きしめたときの夢のような瞬間は忘れられない。甘い髪の香りに包まれながら彼女のただひとつの玉にキズともいえる、耳たぶの古傷を見つけたこと。そして柔らかなふくらみの感触。
 彼女の過去は大学に通うようになってよその街から移ってきたという程度しか知らない。
 しかし彼女は俺のことをよく知っていたのだ。好みやクセ、習慣など。さらにはけっこう昔のことまで。
 一緒に暮らすようになってさらに判ったことだが、まさに“痒いところに手が届く”とはこのことだというのをなんども実感した。どんなに子供べったりの母親でもこうはいかないだろう。

 ようするに、俺の影の部分…つまり性的なクセや好みまで知っているかのようだったのだ。俺に対して彼女がどうふるまえば俺が喜ぶか、俺が嫌うパターンがなんなのかを解っているようにも思える。

 最初は感動した。

 甘い夢に酔った。

 しかし俺はばかではないつもりだ。これほどなんのとりえもない俺を、完全無欠と言えるほどの女性がいったい、何がよくて愛してくれるだろうかという疑問は消えなかった。うますぎる話に疑いを持つのは動物として当然の反応だ。

 話の端々から、実は彼女はこの街に昔から住んでいたらしいことが判ってきた。「よく知ってるね」と驚くと、買い物に行ったときに八百屋のおばあちゃんから聴いたからだと云った。
 たしかに八百屋のおばあちゃんはこの街の生き字引であり、放送局だ。だから彼女とそんなディープな話までしたのならあのおばあちゃんは絶対に黙っていない。俺に二人の関係を根ほり葉ほり訊いてくるに違いないのだ。
 だが昨日も今日も八百屋のおばあちゃんは通りがかった俺になんの反応も示さなかった。

 彼女はなぜかウソをついている。

 しかし何故?それにこれほど目立つ美人なのに、俺が覚えていないとはどういうことだろうか。
 逆に彼女が俺以外知らない秘密まで知っているらしいと気付いたのは、スーパーへ買い物に行った時のことだ。

 小学生の頃、友達とふざけていてテラスから落ち、そのとき折った左ひじが今も真下にまっすぐ伸ばすとジワリと痛む。痛むといっても、顔をしかめるほどでもないから親でさえ気がついていない。
 もちろん俺は彼女にひじの話などしたことはない。だが俺が空いていた左手で彼女の荷物を持ってやろうとしたとき、「痛いのに無理しないでいいよ」と云ったのだ。
 そういえば彼女は絶対に俺の右側には来ない。つなぐのも組むのも俺の左腕だ。そう、いつもまるでかばうように俺の左腕をそっと抱いている。

 俺は確かに彼女を心から愛している。彼女も愛してくれている。この愛を失いたくはない。だが疑問はふくらむばかりだった。

 彼女はいったい、誰なのか。

 「ツルの恩返し、って話を知ってる?」
 ある日とうとうたまりかねて問いただすと、彼女は哀しそうな眼でそう云った。
「お、俺はツルは勿論、動物を救った覚えはないよ」めいっぱい気の利いた言い回しのつもりだったが声はうわずっていた。彼女は何を云おうとしているのだ?

「あなたの事が昔から好きだった。」

「しかしどんなに調べても君らしい人は俺の周りには…」
「ひとは変わろうと思えば変われるわ…そう、変装、ダイエット、………手術」
 手術!…整形か…そこまで考えが及んだが、ひじの秘密はどう説明する?

「よくある話よ。親友のつもりがいつのまにか恋をしていたの」

 俺に親友なんて関係の女友達は金輪際……親友……テラスで友達とふざけていて落ちた…いっしょに落ちた。あいつは俺がクッションになったんで比較的軽いケガで済んだ。あいつとはそれ以来無二の親友だ。しかしここ数年、行方が判らないままだ。俺も気にはなっているが、あいつのことだからある日突然ふらっと帰ってくるものと信じている。

 そうだ、あいつだけは知っている。俺のひじの秘密を。
 あのとき俺はひじを折り、あいつは耳たぶを…深く切って…


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───おわり───

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