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2017年3月30日 (木)

第3幕/人魚伝説に関する報告

 人魚の発見が正式に発表されて、もうずいぶんになる。
 はじめは伝説の生き物だという先入観から、やはり魔物だとかシーラカンスのような化石的生命の発見という印象でとらえていたが、遺伝子的な研究や最近始まったばかりの互いの文化の交流から実際は海中生活に適応した人類の一種だという結論がでた──────。

  

 つまり黒人が強い陽射しと風土病に耐えうる強靭で優れた肉体をその進化と分化の過程で得たように、潜水を生業とする人々が血液中にヘモグロビンを多量に持つように、彼らは下半身のみをイルカやクジラのような姿に適応したわけだった。
 しかし先に述べたように、長い人類史において人魚がけっして人類とイコールには見られなかったように、アフリカの人々に対して欧米各国がしたような仕打ちをしそうになったことは事実だ。

 幸い、私を含めてあくまで彼らを人類として対等に、いわば異星人と交流する気持ちで接するべきだと世界に強く働きかけた運動が実を結んだおかげで、見せ物や奴隷として彼らが不法に捕らえられるというようなことはなかった。少なくともおおやけには。

 当初そう信じていた人たちがいたように、やはり彼らはかの太古の失われた大陸の住民だった。
 少数がなんとか生き残ったものの、残された島々でさえ遠からず海中に没することを知った彼らは優れた科学力で自らを水中生活に適した身体へと変え、やがて深海へとその住処を移したのだった。

 伝説はなかば正しかった。かれらは実に美しい身体を持っていた。水中生活に不要だったので髪の毛はなかったものの、絵本にあるようなウロコもなかった。これはのちの私たちの共同生活にとって大変ありがたかった。
 私は発見者のひとりであり、かれらとの文化交流の第一人者でもある。互いの言語もいまではかなり解ってきた。それもこれもかれら人魚族のひとりと親しくなれたおかげだ。

「外国語を覚えたいと思ったらその国の恋人をつくるのが最良の道だ」とは誰が言った言葉だったのか。しかしそれは真実だ。そして「男女間の友情成立は難しい」という説は異種人類間でも成り立ったことは興味深い。
 私は人魚類の女性と恋におちた。

 残念ながら彼女の声帯は水中でのみ発声でき、私のそれは空中でのみできる仕組みだったので同時に会話するには少々骨が折れたが、ときには彼女に無理を言って水中マイクを備えた大型水槽に入ってもらったり、私が海辺で水中スピーカーで彼女に話しかけたりすることでコミュニケーションを取った。

 さすがに気の利いたレストランで食事…とはいかなかったが、それでもふたりの仲は急速に接近していった。
 一種のプラトニックラブに近い恋だった。しかし彼女もぜい弱ながらも空気呼吸の器官を持っていたし、私も人工エラ呼吸器で潜れたので、手を取ったり抱き合ったり、ロマンチックなデートだってそれなりにちゃんとできた。
 彼女たちの食生活はかつて地上人だったころのなごりがあり、予測されていたようなアザラシやイルカのようなものとは異なっていたので、フレンチキスでも剣山のような歯で私の舌を傷つけるようなことはなかったこと、けっして魚臭くなかったことを明言しておきたい。

 むしろ今までで最高のキスだった。

 私も彼女も若かった。肉体の欲求を抑えることができなかったのだ。
 互いの肉体の構造が多少異なってはいたが、基本的には海洋ほ乳類のそれと大差なかったし、異性の身体に興味があるという意味では異人種間での性交渉とも大差なかった。だからそういった点ではなんら問題はなかった。

 しかし結婚となると違う。

 他人同士が一緒に生活するのが結婚である。そうなるとクローズアップされるのは生活態度だ。食事のマナーや平素の過ごし方のズレが気になり始める。
 同じ国の人間ならもちろん、外国人なら当然のカルチャー・ギャップであり、ましてや異人類間での生活なら当然だった。あれほど熱心だった夫婦間の営みも彼女が拒むようになってふっつりとなくなった。

 存在はもちろん、人魚と人の結婚などあまりにも破天荒だったので政府の極秘扱いとなったが、一種の研究対象であることは否めない。だから我々の結婚が破局を迎えることになった原因も記録に残す義務があった。

 やはり私が彼女の生活習慣に合わせることができなかったのが破局の最大の原因だ。

 人魚類にとって一度口にした食べ物を相手に分け与えるのは最大の愛情表現なのだ。百歩譲ってそれはまだいい。しかし彼女に限らないが、彼らが食事と排泄行為を同じ水槽内でするのだけは耐えられなかった。だからある日たまりかねてこう云った。
「お願いだから排泄だけは別の水槽へ行ってやってくれないか」

 そのときはじめて彼女もずっと我慢していたことがあったことを知った。
「下等生物じゃあるまいし、霊長類のくせに年中サカリがついているなんて耐えられないわ」


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───おわり───

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