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2017年4月 5日 (水)

第4幕/今なら同じものをもうひとつ。

 今頃になって、低周波式健康器具を手に入れた。平たく言えば電気のビリビリで筋肉を強制的に動かすことで横着しながらでも筋肉を鍛えられると言う、一昔前一世を風靡した、アレだ。

 10分使えば腹筋三千回に匹敵する運動量だというのが売り文句。

 なんでもそうだが、ブームになると亜流やら類似品が出回り始め、ものすごい安値で同じ性能の製品も出る。そうなると価格破壊が進んで元祖は淘汰され、世の中には亜流だけがあふれるようになるのが通例だ──────。

 俺はそうなるのを待っていたが、値下がり前に世間から消えてしまっていたのには苦笑した。
 結局ネットオークションでそれを買った。聞いたこともないメーカーの商品だったが、人気もなくなっていたので、もくろみ通り当初の三分の一程度の値段だった。しかも新古品なのにこの手の商法の通例で、ひとつ買えば同じのがもう一つついてくるまでになっていた。

 ひとり暮らしの部屋に商品が届くなり早速、たるみの来ていた腹から試してみることにした。
 説明書はワケの分からない外国語版だとは判っていたつもりだが、アラビア語では手も足も出ない。
 まあ、俺は機械には強い方なのでテキトーにスイッチをいじれば作動した。しかも聞きしにまさるパワーで、ちっぽけな電池とペチャンコの装置から発生する低周波とは思えないほど、俺の腹筋が波を打って踊る。「あ・あ・あ・あ・あ〜」うん、声も見事なビブラートになる。これならそれなりに効き目もあるだろう。
 あ。でも腕や脚ならともかく、腹筋だけに使うのではひとつ余るな。

 せっかくふたつあるんだから、使わないのはもったいないのでもう一つは背中に巻いてみた。
 だが肝心なことに気がついた。背中に巻いた場合はスイッチに手が届かないのだ。よく、背中で手を合わせられるなんて人がいるが、身体の堅い俺があんなことをやった日には間違いなく整骨院行きだろう。

 スイッチを入れてから装着してみて物すごいショックに死ぬかと思った。考えてみれば腹と背中でサンドイッチしているのは心臓なのだ。コレはいわばAEDだ。あぶない、あぶない。

 もともとはマッサージ器から発達したようなこの器具だ。きっと肩こりなどにも効くのではないだろうか。
 そう思いついた俺はベルトが届く限りいろんな巻き方を試した。そのうちにベルトの両端はマジックテープになっていたから、オテテつないで状態にすればかなり長く伸ばせることに気がついた。

 しかしハタから見れば実に珍妙な光景だったに違いない。なんせ電流を通せば、意志とは関係なく筋肉が踊る。それも並はずれたテンポやリズムで動くのだ。…そう、時にはまるで小さな子供がかんしゃくを起こして振り回すマリオネットのようだったり、時には早送りのビデオ画像のようだった。

 我ながらあんまりにもそれが面白いので、後日俺はもう2セット手に入れ、さらに複雑な組み合わせを試し、超人的な動きを極めるため毎晩のように仕事から帰ってはそんなことをして遊んで…いや、運動をしていた。

 そんなある日のことだ。

 隣の部屋で大きな物音がした。女性の悲鳴。さらに大きな物音。そして騒ぎは移動し、外へ、そしてベランダづたいに俺の部屋に近づいてきた。

 泥棒か、強盗か。いずれにせよ俺は戦闘向けにはできていない。しかも今、半裸の体中には珍妙な装置を巻き付けている。けっしてヒトに見られて嬉しい姿ではない。
 俺はあわてた。あわてたが、スイッチは入っている。さっき入れたばかりだからあと10分は切れないだろう。いつものように俺の筋肉は意志とは別にものすごいテンポでぴんこしゃんこと踊り狂っている。

 だめだ。今こんな所を襲われたら逃げることもできない。やばい!ヤバすぎる!だが祈りは届かず、ベランダに黒づくめのでかい影が現れた。
 一瞬、敵は俺の姿のあまりの怪異さに本能的にひるんだようだった。だがプロなのか、気を取り直してベランダのガラスを破って俺の部屋に入り込んだ。…もうダメだ。逃げることもできない。あいかわらず俺の健康器具は俺に死のダンスを踊らせているのだ。
 強盗は危険を感じたらしく手に持ったスパナだか“バールのようなもの”だかで俺に殴りかかった。俺は死を覚悟した。だが。

 次の瞬間、超人的な反射運動で俺はそれをかいくぐり、まるでジャッキー・チェンばりのスピードと技のキレをもって強盗をぶっとばしていた。しかも二度、三度。やがて警察が現れてぐったりとした強盗を逮捕して一件落着となったが、拳銃をかまえた警官が飛び込んできた時点でもまだ、俺の健康器具はまだ俺に怪しい踊りをさせていたのであやうく俺まで撃たれそうになった。

 後日担当の刑事は唇の端に笑いを浮かべながら教えてくれた。
 ミミズののたくったような文字ではあるが、ちゃんと説明書には複数または過度の使用は危険だと書いてあったらしい。彼は言った。「実はアレ、ある国の横流し軍用品で、格闘戦訓練用の筋トレ装置だったんですよ。」

 ウソか本当か。俺の知り合いにはあの字が読めるヤツがいないのでまだ確かめていない。

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───おわり───

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